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いいたいことは少しある

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2021年 01月 17日

硬さ


毎日を1日1日丁寧に過ごしていくことは
それはそれで大事なことなんだけども
それはある意味
同じ事を繰り返していて
なにかを忘れていたり
なにかを使ってなかったり
なにかについて気持ちが届かなかったりする
事でもある。

二兎追うものは一兎も得ず
とは言うけれども
毎日という繰り返しばかりを
一兎ばかりを
追っていると
カラダもココロも硬直してしまう
ような気がする。

ヨガにいくと足を大きく開いて
開いた足の間に手をつき
頭を真下におろす練習をするのだけども
裏側の太ももがのびていくのがわかる。
のびるというよりも
全く使ってなかった筋肉の動きによって
かたまった筋肉を
もとに戻していくような
練習になる。
のびを終えるとのばした後の感触が
カラダの中を駆けめぐり
とても良い事をやった後の
清々しさを感じる。

カラダの硬直はそんな感じだ。

ココロの硬直について言うと
ものすごく歳の差がある方と
テーブルに並んで話をする機会があった。
ものすごいというのは
本当にものすごくて
なにを話していいのか
僕は計算もしなかったし
相手は面白いのか退屈しているのか
まったくわからないということになる。
笑ったりしても
気持ちが通っているのかどうなのか
皆目検討がつかなかった。
無印良品で150円で売っている
トルコ綿マイバッグが話題になっていると
教わって手に持っていた
マイバッグを見せてもらった。
オーガニックコットンを100%使用した
小さくたたんで持ち運ぶのに
便利なマイバッグに
ファイナンシャルプランナーの
資格試験の本を入れていて
これを勉強しているとということを聞いた。
お風呂には2時間入って
特茶を2本飲みながら
スマホをやると言う話も聞いた。
僕はわりと集中して会話を交わしていたので
分かれた後に
軽い頭痛みたいなものを感じて
歳の差の若いひとと
話を真剣にすることの経験値のなさを
つくづく感じた。

偏っている日々の中で
伸ばしたり
話を交わしたり
することは
カラダに良いとか
ココロに良いとか
ということとは関係なくて
ただただ自分の硬さを痛感してしまう
そういうものだと思った。
柔らかさというものは
保湿と並んで
存外大事なものだとすると
自分は日に日に硬さで固まってくるものだ
という教訓を得たような気もする。

# by kouji_kotani | 2021-01-17 19:29 | Comments(0)
2020年 12月 09日

山あり谷あり


年の瀬を迎えて
今年一年が過ぎていったのは
とても早い気がしている。

早い一年だったけれども
それなりにいろんなことがあった。
今もあるし、これから先もあるし
懸念事項をあげると
キリがない気もする。

帰りの電車で
今年の春先から
とても
お世話になった先生と
偶然一緒になった。
先生はベージュのコートを着ていて
講義を終えた後の帰路で
先月完成した僕たちの仕事に
お褒めの言葉をいただいた。
ひとによっては涙を流しながら
立たずさむひともいるくらいですから
と教えていただいた。

昨日は
大きな会社の専務から
お褒めの言葉をいただいた。
美しいものになった
と褒めていただいた。
実際には
こちらのミスも沢山あったのだけれども
終わりよければ全て良し
ですと満面の笑みで
お茶をすすめていただいた。

今朝は
直行先近くの
東京タワーに近い場所にある
カフェ・ベーカリーで
朝食を食べた。

サニーサイドアップセットを注文して
カウンター越しに
トレイを受け取った時
コロナ対策で吊り下がっていた
透明のシートに
コーヒーカップが
引っ掛かり
床にコーヒーをこぼしてしまった。

火傷は大丈夫ですかと
言われて
すいません
と床にころがったカップを
拾っていたら
そのままで大丈夫ですので
お席についててください
と言われた。

2階のソファに座って
東京タワーを眺めていると
半熟に焼きあがった目玉焼きふたつが
ベーコンの上にのった
サニーサイドアップセットが
運ばれてきた。

目玉焼きの塩加減とトーストの甘味とが
とてもおいしくて
コーヒーの香りも香ばしかった。
ここの朝食は
半端なく美味しいのだ。

食べ終えて
一階に降り
コーヒーをこぼした失態を詫びると
大丈夫です。またお待ちしていますね。
と満面の笑顔で見送ってくれた。

青空のもと東京タワーの朱色は
誇らしく天に向かって伸びていた。

懸念事項は山ほどある。
あれもあるし
これも、それも、ある。
でも、とてもうれしい
気持ちになる時もある。

山あり谷あり。
山あり谷ありだ。

そういう毎日を過ごしている僕は
とても幸せなのだと思う。

# by kouji_kotani | 2020-12-09 22:06 | Comments(4)
2020年 11月 21日

ウーバーイーツ


今年になって
ウーバーイーツを
利用することが増えた。

無精といえば無精なのだけども
マクドナルドまで買いに行くのが
面倒なのと
お店に並ぶのがイヤなので
スマホを使って
ウーバーイーツにオーダーをしてしまう。

些少だけども
チップもクリックしている。

ど根性カエルの梅さんは
寿司屋の出前で
梅さんも自転車に乗っていたが
いまは現在位置や到着時間を
スマホの画面から確認することが出来る。

家の近くまで来たのに
配達のお兄さんさんが
うろうろしている時があって
チャットで

となりです
三階です

とかやり取りしていたら
わかりました。GPS読み間違えていました。
と言葉を書き残して
思いっきり逆走したことがあった。

あらららとスマホの画面を見ていると
飛行機雲のように
青い軌跡を残して
遠くに進んでいった。

結局ウーバーイーツの電話を
使って
反対だから戻ってきてと伝えて
数分後に
受け取ったマクドナルドのダブチは
湿気によって
空気の抜けたゴム鞠のように
縮んでいた。

それもこれも
COVID-19の今年の思い出かも
しれない。
年の瀬も近づいてきた感じが
日に日にしてきます。

# by kouji_kotani | 2020-11-21 10:47 | Comments(0)
2020年 11月 19日

性のようなもの

仕事帰りに
久しぶりに
元町から商店街を抜けて
石川町の駅まで歩いた。
何十年ぶりなのか
思い出せないほど
久しぶりに
石川町を歩いた。

裏道やなだらかな坂道は
見覚えがあった。

夜更けの商店街を歩くひとは
まばらで
とても静かだった。

大学生の頃に
吉行淳之介の砂の上の植物群を
読んだことがある。

港の傍に
水に沿って細長い形に拡がっている
公園がある。
その公園の鉄製のベンチに腰をおろして
海を眺めている男があった。
ベンチの横の地面に
矩形のトランクが置いてある。
藍色に塗られてあるが金属製で、
いかにも堅固にみえる。
夕暮すこし前の時刻で
太陽は光を弱め
光は白く澱んでいた。

という吉行淳之介の
砂の上の植物群の
はじまりは
山下公園を描いたものだ。
細長い形に拡がっている公園は
山下公園の特徴を
言い当てている。

ドロップアウトしたひとが
佇む場所に
山下公園は似つかわしい
気がする。

人気の少ない
石川町の商店街にも
関内にも
ドロップアウトした空気のような
ものがある気がする。

学校の校庭の隅にある
百葉箱みたいな
忘れられた哀しさと
静かに時間が流れていく柔らかさと
動じない堅牢さみたいなものが
山下公園や石川町や関内に
漂っている気がする。

砂の上の植物群に描かれた
性の歪みはほとんど覚えていないが
考えてみると
哀しいような柔らかさと
同時に
不動の堅牢さと
柔らかく硬いという
ふたつの往復は
性の暗喩にも思えてくる。

柔らかくて硬いという矛盾は
性に似ている。
そんなことを考えながら
僕は石川町の駅まで
歩いた。

緊急事態宣言が
再度発令されるかもしれない
初冬の夜に
大学生の頃に読んだ
吉行淳之介の小説を
思い返しながら
商店街を歩いた。


# by kouji_kotani | 2020-11-19 21:25 | Comments(0)
2020年 10月 31日

参拝


僕はここ数年
朝方に参拝に行くようにしている。

今年はじめての出張先である
上天草での参拝は
まだ夜が明けないうちに起床して
Google MAPを頼りに
生目神社を目指した。

生目神社は
走り風眼にかかり失明した
佐伯利七という少年が
旅の琵琶法師による
平家物語・壇ノ浦の段の弾き語りを聞き
日向の生目村には
目の神様が祀られたというくだりに
触発されて
日向の生目神社を
目指したことにはじまる。

生目神社へたどり着き
眼病平癒の祈願をたてた
佐伯利七は
正常な目に戻り
このご利益を世の多くの人たちと
分かち合いたいと
分霊を願いいれ
生目神社の許可を得て
故郷の上天草に鎮座した。

それが上天草の生目神社だ。

ホテルの前の国道266号を
ひたすら歩いて
横道に入ると
夜明けが遅い熊本の朝は
暗闇で足元が覚束なく
iPhoneをスワイプしてライトを灯した。

犬が不審な僕を見つけて吠えたて
まるで泥棒のように
民家の路地を抜け
緩やかな山道をあがると
鳥居が見えて
続く階段を登ると
神社の本堂にたどり着いた。

上天草の夜空は満天の星で
参拝からホテルに戻る頃は
日が昇り
明けの明星がきらめいていた。

国道266号は海沿いにあって
たくさんの島島の中に
きらめく海はとても穏やかだった。

旅の良さをしみじみ感じた
そんな秋晴れの朝であった。

# by kouji_kotani | 2020-10-31 18:52 | Comments(0)
2020年 10月 24日

考え過ぎないと言う事も


へろへろに疲れることは
昔も今もある。

幼い頃にもあったし
今もあるし
この先もあるに違いない。

へろへろに疲れるというのとは
少し違って
焚火の煙がもうもうと立ち上がるように
アタマの中が煙に満ち
なんとも
困った感じになるという疲れがある。

胆力が希薄になって
立ちくらみみたいな疲れが訪れる。

そういう疲れの原因は
考え過ぎているから
生じる気がする。

考え過ぎてしまうのは
考えるべき対象が
何度も立ち上がってくるから
立ち上がるたびに
考えざるを得ないからだと理解している。

人前でプレゼンテーションをすることになった時
あれこれ考えて
考え過ぎて疲れるとか
ひとを好きになった時
いまここにいない相手のことを
あれこれ考えて
考え過ぎて胸が痛くなるとか
どうしていいのかわからないような
問題のひとつやふたつやみっつは
大の大人なので抱え込まざるを得ないわけだが
そういうどうしていいのかわからない問題を
抱え込んだ時
あれこれ考え
あれこれ考え過ぎた果てに
きみもあなたももちろん僕も
誰もかれも疲れてしまう。

コロナ禍が続いている今
それぞれがそれぞれの問題を抱え
考え過ぎて疲れはて
胸が痛み胃も痛み
精彩をかく。
そういうひとがたくさんいるに
違いないと思うと
なんともやるせない気分になる。

ひとごとのように
僕も言えないのだけれども
この問題の解決策は
考える量を減らしていけば
存外楽になるということだと思っている。

それができれば苦労しないかもしれないが
考え過ぎる呪縛から
逃れるのは
考え過ぎない事だ。
スピーチを考えず
好きなひとを考えず
大の大人なので抱え込んでしまう
問題のひとつやふたつやみっつを
考えないようにする。
それが解決策だと思う。

そんな事を僕は時々考える。



# by kouji_kotani | 2020-10-24 09:45 | Comments(0)
2020年 10月 14日

考えるという事


僕は自他ともに認める
せっかちな性格なので
すぐに
結論を求め
結論を出す傾向がある。

ところが
僕とはまるっきり反対の
長く深く考えるひとがいる。

長く深く考えるというのは
ひとつの結論を出すまでに
いろいろな質問をぶつけ
自問自答し
研磨し
とことん突き詰める
という事だ。

慎重ということとは違って
まるで深い海の底まで
潜水していくような
思考法なのだ。

用意するものは
自分と
考える時間と
考えを止める時間と 
考えを再開する時間と
言葉と
それに
紙と鉛筆。

金額に換算すると
紙と鉛筆くらいで
ほとんど無いに等しい。

テスラが多額を投資して
開発する電動自動車のイノベーティブと
紙と鉛筆だけで愚鈍のように
何週間も何ヶ月も何年も考えることとを
比較すると
スピード感を欠きながら深く考える行為は
いかにも見劣りのするものに思える。

実際は違う。

思考、思考、思考、思考と
思考を重ねた先に紐付く結論と
結論の言葉は
ものすごいパワーを持つ。

ひとを動かし
涙が出るくらい感銘を引き寄せ
運気、商機が変わり
明日を生きていける。

そんな強さを持つ。

考え抜くというスタイルの
考え方の強さを
僕はこの歳になって
やっと知った気がする。

思惟、思索、思考、真因の追求、哲学
つまりは
考えるということのパワーは
はかりしれない。

そのことを
僕は忘れないでいようと
思っている。

# by kouji_kotani | 2020-10-14 22:22 | Comments(0)
2020年 09月 09日

清瀬と夏と上野と夏の終わり


清瀬公園には
石田波郷の歌碑がある。

七夕竹惜命の文字隠れなし

たなばただけ 
しゃくみょうのもじ 
かくれなし

七夕の短冊には叶って欲しい願いを
文字で綴るのだが
清瀬で結核療養を過ごしたひとたちは
命を惜しむその気持ちを文字に託している。
だれもかれも託している。
惜命の文字は短冊に隠れることなく
惜命の文字に満ちている。
そういう句趣だ。

清瀬という場所の魅力を味わいたいと
僕は今年の夏に
谷口ジローの歩く人というマンガを買った。
清瀬の街を歩くことテーマとしたマンガで
吹き出しがとても少ない。
谷口ジローの描く画力によって
清瀬の季節を堪能出来るマンガだ。

清瀬にはオオタカが営巣している。
清瀬の自然を守る活動をしているひとたちから
自然保護活動のお話を聞く機会があった。
まっすぐな気持ちは
お話を聞いてとても気持ち良かった。

辞して外に出た時
盛夏の日差しが満ちていた。
今年の夏の思い出のような瞬間になった。

今日の夕方
僕は上野恩賜公園で
お寺の鐘の音を聞いた。

お寺の鐘の音は何度も響き
風が渡って
そこには夏の翳りがあった。

季節は移ろう。

あたりまえのことだし
今まで何度も経験してきた移ろいなのではあるが
季節の移ろう瞬間と
梵鐘の音が重なって
僕は少しセンチメンタルな
気持ちになった。

# by kouji_kotani | 2020-09-09 00:07 | Comments(0)
2020年 08月 25日

清瀬に

清瀬に_a0067135_21155928.jpeg






多摩方面に行く機会が重なった。

清瀬に行った。

かつて結核治療のための病院が
たくさんあった場所だ。

清瀬における結核治療の歴史は
昭和六(1931)年に「東京府立清瀬病院」が
開院したことから始まる。

昭和二年の東京府議会で
府立結核療養所の清瀬設置が可決。

清瀬村議会はこれに反対の陳情書を提出。
一旦、この計画は中止となり
翌年再び清瀬への設置が決定されると、
村議会はさらなる反対の議決と
同意する地元住民の陳情書を提出。

当時の小島長太郎村長は
無医村であった清瀬村の医療の充実を図るため
療養所の設置を了承。
昭和六年十月に「東京府立清瀬病院」が開設した。

赤松の雑木林に囲まれたおよそ
11000坪の敷地に
100床の病床を持つ療養所が
利用者の増加により
800床を超す大療養所となった。

昭和八年にヨゼフ・フロジャク神父による
療養農園(現在のベトレヘムの園病院)が開園。
さらに昭和十四年
傷病軍人東京療養所と共に
厚生省へ移管となり
「国立療養所東京病院」と名称をかえ
2000床を超える大病院となる。

十五もの結核関連の病院が建ち
約5000人に及ぶ人々が療養生活を送ったとされ
見舞客が増加。
駅周辺も活性化し
清瀬の名は全国的にも知られるようになった。

昭和四十五年一月
同病院の第十四病棟西側から出火。
古い木造病棟五棟を全半焼する火災が発生。
このことで
昭和六年から引き継がれた
清瀬病棟の閉鎖が決まり
療養中の患者は
東療病棟に建てられた新病棟に移され
清瀬病院の歴史に幕が下りた。

作家の吉行淳之介が
昭和二十九年「驟雨(しゅうう)」で
芥川賞を受賞したのは
清瀬病院で手術を受けて
療養中のときであった。

清瀬病院跡地は
国民的疾患であった結核治療の歴史を
物語っていて
周辺地域には現在でも
結核研究所や日本BCG研究所が所在し
世界規模で結核の撲滅に貢献している。

…という解説板を読んだ。

夏空の下
猛暑日の日差しに
肌がひりひりするような
お昼過ぎ時で
清瀬病院跡地の公園には
何人かの小学生が遊び
カラスが数羽威嚇するように鳴いていた。
公園の入口に清瀬病院の碑文と解説板があった。

結核という感染症という向き合っていた時があり
そして喧騒から沈静に向かって
今は静かな午後の公園があるだけだ。

僕らは新型コロナウィルスという感染症と
向き合っているので
感染症を乗り越えた静かな午後の公園は
暗喩のような諭しを
教えてくれるような気がした。

清瀬病院跡地の公園には
アカマツが植生している。

結核患者は歩くことも
療養のひとつだったとすれば
散策路は重要な役割があった筈だし
アカマツも療養のひとつの役割としてあった筈だ。

病床の窓から見える風景の
林立したアカマツも
療養の支えになったに違いない。

高く伸びている幹
赤い樹皮
それに
空に滲むかのような枝の緑。
僕はアカマツを見上げて
アカマツの先の夏空も見上げた。

ベトレヘムの園病院まで足を伸ばすと
シスターが黙々と夏空の下を歩き
病院の事務員の方は
自転車を漕いで事務所に戻っていた。

静謐な夏の午後だった。

# by kouji_kotani | 2020-08-25 21:12 | Comments(0)
2020年 08月 08日

多摩

帝都防衛構想の
陸軍航空部隊の拠点として
かつて飛行場と飛行機製造工場が
あった場所に行った。

今現在は
飛行機工事跡地は公園となり
ゴルフ場となっている。

夏の日差しが
金網越しに見える
ゴルフ場の芝生を
照り返し
蝉時雨が聴こえた。

村上春樹の
初期の作品に
日が陰る前に
ゴルフ場の中に入り込み
ロストボールを探す
双子の女の子の話があるのだが
その小説のことを
思い出しながら
盛夏のゴルフ場の芝生を
僕は見ていた。

さらに歩くと
玉川上水に出くわす。

江戸時代
玉川上水の給水地域は広域に渡り

玉川上水流末広大にして
四谷・麹町より御本城
西南は赤坂・西の久保・愛宕下・増上寺の辺
松平豊後守屋敷の辺、
金杉左右海手すべて北手、
南東方は外桜田・西丸下・大名小路一円、
虎御門外、数寄屋橋外・土橋・京橋川南手、
八丁堀・霊岸島方、新堀川より永代迄南手、
築地浜御殿より西手一円、
此水用いざるところ寸地もなし。

と綴られている。

玉川上水の水の流れは
目に涼しく
風が渡ると
さらに涼しさを感じた。

玉川上水の先には
スノーピークなど
アウトドアブランドのお店が集まった
アウトレットモールもあって
モールの隣には
ボルダリングなどのクライミングウォールも
建っていた。

東京都下の
このあたりの風景は
僕にとっては
馴染みがあるので
心地よく
炎天下を歩いていると
昔から変わらない
夏の青空に
今年の感染症の喧騒を忘れそうになった。

いろんなことが変わり変わろうとしているが
季節の風景や肌ざわりは
ずっと変わらない。
今年も変わらない。

駅近くの路道では
高校生がスクーターのウィリーの
練習をしていて
アイドリングによって
漂ってくる
ガソリンの匂いがした。
それもまた夏の風景だと思った。




多摩_a0067135_22185398.jpeg




# by kouji_kotani | 2020-08-08 22:18 | Comments(0)