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いいたいことは少しある

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2015年 07月 26日

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by kouji_kotani | 2015-07-26 18:33 | Comments(0)
2015年 07月 26日

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by kouji_kotani | 2015-07-26 18:32 | Comments(0)
2015年 07月 26日

温泉と花火


屋上に
露天風呂がある
宿に泊まった
事があります。

目の前に
山が見えました。
山が迫ってくるくらい
近くにありました。

山には
木が茂り
岩肌が少し見えました。

風が吹いて
露天風呂に
浸かっていたら
サルのことを
思い出しました。

サルも露天風呂に
浸かるでしょう。

気持ち良さそうな
顔をしてるかのように。

人肌のあたたかさの
ぬるめの
温泉に入っていると
人もサルも
かわらない
気がしてきます。

お湯につかり
風にあたり
空気を吸ったり吐いたり
すると
自然な状態に
戻る気がします。

温泉に長く
浸かっていると
ものすごく
お腹が空いてきます。

風が吹いて
空気を吸ったり吐いたり
そして
お腹が
ものすごく
空く。

お腹が
ものすごく
空くのは
自然な状態に戻っている
証拠のような
気がします。

屋上や
高い場所からは
思わぬものが
見えたりしますよね。

屋上にある
露天風呂から
山を見たのも
忘れがたい
のですが
高いフロアーにある
ベランダから
花火を見た
事があります。

夜空に
遠く上がる
花火は
音は届きません。

静かな花火。

夜空に咲いて散る
静かな音の聞こえない花火。

気づかない
静かに上がる
花火に
気がついて
じっと見ていると
夏を過ごす
気分で
いっぱいに
なりますね。

by kouji_kotani | 2015-07-26 17:40 | Comments(0)
2015年 07月 16日


忙しいの

という字は
心を亡くす

よく言われる。

かえす
コトバもない。

忙しい
ということによる
弊害は沢山あるだろうし

忙しくしていると
だんだんと
イライラするのが
常だから
イラついて
周りへと
害を与える
のは
たいへん
良くない
と思う。

本当にそう思う。

キミは心を亡くしているよ
と言われたら
かえすコトバもない。

心を亡くすのだから
そんな罪深いことは
ないと思います。

しかし、
しかしですね
社会人のかなりの人は
忙しいんだと
思う。

みんな
バタバタしていて
イキきらせて
汗かいて
それを
じっぱひとかげら
キミ達は
心を亡くしてるぜ
と言われたとすると
それは
ないだろう
と思う。

忙しくなくても
心ない人は心ないし
忙しくても
心ある人は心ある。

今日
ずいぶん
心ない
発言を聞く
機会に
出くわしたのです。

なんであんな
心ないこと
言うんだろうと
ずっと気になりながら
帰路に着く
新幹線の中で
これを書いている
訳です。

心を亡くしているか
いないか
の方が
はるかに大問題で
その大問題と
忙しいか忙しくないかを
混在させるのは
オカシイんじゃないのか
とさっきから
考えています。

あ、今、iPhoneの
ニュースが
カットインしてきて
ピース又吉芥川賞だって。

昨日の
抑止力を目的にした
法案の件といい
このところ
世の中も慌ただしいなあ。

えっと
なんだっけ
えっと

忙しいと
心を亡くすと
を等価にして
考えるのは
オカシイ
っうことです。

心を亡くすと同じなのは
心ない
だと思う。

僕は聖人君子でないから
心ない発言も多々あるけども
それにしても
ずいぶんと
心ない発言だわ
と思うことが
あります。

心ない
とは種類が違うけども
自分の意見がない
というのも
なんだかイヤなんです。

なんでもかんでも
意見を持てるわけはないけど
なんでもかんでも
意見を持てないのは
ちょっと
どうかと思います。

だらだらと
書きましたが
心のない発言なんかすんなよー
と先ずはいいたい。

次に
なんでもかんでも
自分の意見を持てないのは
マズイと思う。

だらだら
書いているのは
帰路に着く
新幹線の搭乗時間が
長いからなんだが
こんな
だらだらしたのを
アップして
これまた
すいません。

それにしても
心ない発言を
浴びせられた
方が
まるで
ピカソの青の時代
みたいに
宙を見ていた様子を
忘れる事が出来ず
残像が
残ってしまいました。

イヤな感じで終わるのが
イヤなので
今、一番、必要なものは
何かと
考えてみるに

風通しの良さ

なんじゃないかな。

風が渡り
波がきらめき
森は揺らぎ
ひとつの喜びが
意見が
考えが
風通る。

風通し。

by kouji_kotani | 2015-07-16 20:57 | Comments(2)
2015年 07月 05日

再掲 盛岡城址にて



手塩にかけて育てきた後輩を
失くした
先輩がいる。

後輩のいない先輩に
あって飲みに行った
事があります。
街の中に
お城の堀がある
緑の多い場所で
後輩のいない先輩と
飲みに行きました。

お堀の苔がみずみずしく
城下町は静かに
落ち着いでいました。

後輩のいない先輩は
三大成人病を
患いながら
騙し騙し働いていました。

足をややひきずりながら
歩くのです。

ひきずる歩き方を
見ていると
後輩を失くした
先輩は
後輩の事を
背負いながら
生きていく決意を
したのでは
ないだろうか
と感じました。

三軒飲みに行きました。
三軒目は
後輩のいない先輩の
馴染みのワインバーに
行きました。

夜もふけて
静かなワインバーで
ぽつりぽつり話を
聞きました。

授業をさぼって
お城の
夏草によこたわり
夏空を見上げていたのは
石川啄木ですよね。

遠い夏空を見ながら
石川啄木が考えたことは
きっと
ビジネスだなんだかんだ
ではなくて
遠い夏空と同じく
はるか遠くの
ひとの感慨
なんだと
思います。

ひらたくいうと
ひとのこころ
などを
考えていたのだと
思います。

ひとのこころの
ひとのシンを
ゆさゆさとゆらす
叙情について考えていた
と思うのです。

石川啄木と
後輩のいない先輩は
まったく違うけれども
堀のある街で
ぽつりぽつりと
かたられた言葉には
ひとのこころを
ゆさゆさゆらす
ものでした。

後輩のいない先輩と会って
帰りの道すがら
見つけた
宮沢賢治の
復刻した手帳
を買いました。

雨にもまけず



南無阿弥陀仏

がつづられた
レプリカの手帳です。

とても小さな手帳なんです。
iPhoneくらいの
大きさの
小さな手帳に

雨にもまけず

を綴ったんだ
と思いました。

小さな手書きの書き言葉
ぽつりと語る語り言葉

ひとのシンを
ゆさゆさゆらすものは
小さいなかに
含まれているのかも
しれませんね。

四年前の話です。

by kouji_kotani | 2015-07-05 19:16 | Comments(0)