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いいたいことは少しある

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2015年 10月 30日

返信の返信

ずっと働き続けてきて
それ以外にも
いろんな事があって
まさかの
高校生みたいになった。
胸がドキンドキンしたので
早退して
翌日は
1日休んだ。

横になって
村上春樹さんの本を
読んだり
音楽を聴いたり
どれもこれも
上の空なので
半分は放心していた。

携帯にメールが届いた。
大阪の同僚からだ。

こたにさん体調悪いときいたけど
ゆっくり休んで下さい

そんなメールだった。

ありがとー。すぐに復活するし
復活すると
また、うざくなるから。
ありがとー。

と返信した。


しばらくすると
大阪の同僚から
返信の返信がきた。

うざくても構わないから
元気になって下さい。

とあった。

涙が溢れた。
まるで高校生みたいだ。
キモチが高校生みたいに
揺れて仕方ない。
そう思った。

キモチが高校生みたいになったのは
自業自得。
僕がワルイから
折り合いをつけるのは
僕にあると
おもいながら
横になると
夕方寝落ちた。

夜に目が醒めると
キモチがリセットされたみたく
ゆっくりと
寝落ちから
覚醒した。




復活を
夕方からのお昼寝を
きっかけに
手繰り寄せていた。

放心していると
涙が滲みながら
回復している気がした。

本日は
午後から
会社の女の子と
ミッドタウンに行き
グッドデザインを見た。

あーだこーだ話をしながら
炭火焼きを食べる
約束をして
別れた。


こうして
復活したかなと
思っていたら
ふりだしに戻る。

やれやれ。

やれやれ
以外のコトバが
見つからない。

ただ、少し
かさぶたはできている
気がした。

そんな感じです。






by kouji_kotani | 2015-10-30 22:01 | Comments(0)
2015年 10月 27日

ココロの匂い

可もなく不可もなく
毎日を過ごしていく。
それはそれで
大切なことだと思う。


ところが
不可もあること
つまり日常の積み重ねではなく
気持ちが前に前に
進んでいくこと
そういう可もなく不可もなくではなくて
不可もないこともなく不可に溺れる
そんなようになる時だってある。


ココロが前に前に進むとき
同じ匂いが放たれるのか
ココロが前に前に進むことを
大切だと思っているひとは
ココロが前に前に進む人に対して
優しく接する。


可もなく不可もなく
過ごしているひとにはない
ココロから匂いが
放たれている。


ココロのからの匂いは
いとおしくて
切ない。
ものがなしく
きゅんとなる。

ココロの匂いは
カラダの奥の匂いと
交わると
それは
愛おしさ
意外に
コトバが見つからなくなる。


そんなことを
このところ考えています。


by kouji_kotani | 2015-10-27 18:17 | Comments(0)
2015年 10月 17日

伝わる

伝えるということは
たいへんに難しい。

言葉が有れば
何かが伝わる
と思うのは
大きな間違いだと思う。

話し言葉を
音録をして再生してみると
声量の有る無しや
えーとかそのーとかの余計な箇所や
間の取り方、
そもそもは
会話を通して
伝えるわけだから
会話の運び、
話しの噛み合い、
噛み合わせ
などによって
伝えるものが
伝わらない。
思うようには伝わらないし
伝えたつもりでも
伝わっていない。

ここまで言うのは恥ずかしいとか
ここまでは言えないとか
ここまで言うとどうなっていくのだろうとか
といった
自分の中での
制御や
フィルターも
かかってくる。
制御をかけながら
言葉を使って
伝えるのは
しごく
たいへんだと思う。

贈り物をするのと
何かを伝える事とは
近しい感じがする。

贈り物は
贈り物に
思いを重ねる事が出来る。

贈り物を受け取った側は
ナゼこれを
僕にくれたのか
少しなりとも
考える。

贈り物の意味を
紐解くわけだから
紐解き始めた時点で
贈り物を受け取った側に
何かが伝わった事になる。

言葉を使わない
贈り物の方が
むしろ
雄弁だったり
するかもしれない。

首をかしげるイヌ
赤くひかる夕焼け
タクシーのランプ
夜風の冷たさ
言葉を使わない
様々なものの方が
はるかに
何かを伝える時もある。

言葉の意味ではなくて
言葉が目指す
幹の部分を
伝えてくれる
ような気がする。

書類を書いたり
企画を書いたり
する事と
首をかしげるイヌの
雄弁さとの
共通点や違いを
あれこれ考えてみるのは
案外大切な
事に思える。

かしげるイヌ。
悲しいようにも思える
イヌのまなざし。

はるかに伝わる。
はるかに。

それゆえに
日常
僕たちは
言葉をどう
使いこなすべきなのか。
そういう
もどかしさ
なんだと思う。

by kouji_kotani | 2015-10-17 08:39 | Comments(0)
2015年 10月 11日

涙腺

このところ
仕事ばかりしていた。
9月から10月に入った
今日の今日まで
ずっと仕事ばかりしていた。

デスクワークでの書類作成もある。
人と会い打合せもある。
どうするのか戦略を練ることもある。
振り返りながら思い返すこともある。
足を運ぶこともある。
息をあわせることもある。
食事を取りながら仲間意識を紡ぐこともある。
ひとりになり思い返すこともある。
多忙な仲間を励ますこともある。
多忙な仲間から励ませてもらうこともある。
いさかうこともある。
言い合いもある。
和解もある。

いろんな事がある。

いろんな事が重なって
仕事は進む。

一月のいろんな事を
思い返すと
涙腺が少し緩む。
悲しいからではない。

人類愛に感激している
からだと思う。

微力な僕が
人に助けられ
人を助けたいと思い
助け助けられていく。
助け助けられながら
僕たちは
矜持を
つくりあげていく。

人間は捨てたもんじゃないぜ
と思う。

人間は捨てたもんじゃないぜ
という事は
人類への愛なんだと思う。

そんな思いにかられると
涙腺が少し緩む。

カラダも疲れているが
喜怒哀楽がずっと続いた
この一月は
むしろ
感謝したいほどに
愉しかった。
幸せですらあった。

雨が降る今朝。
季節は晩秋に移りつつある。

そんな一月を過ごした。

by kouji_kotani | 2015-10-11 08:57 | Comments(0)